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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)9号 判決

上告人 大谷和子

被上告人 小石川税務署長

代理人 山口仁士

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉本昌純の上告理由について

個人がその有する資産の譲渡による譲渡所得について所定の申告をしなかったとしても、当該譲渡行為が無効であり、その行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたときは、右所得は、格別の手続を要せず遡及的に消滅することになるのであって、税務署長は、その後に右所得の存在を前提として決定又は更正をすることはできないものと解される。原審は、右と同旨の見解に立ち、上告人が株式会社大谷建装に対し本件土地の持分一万分の六一八六を代金四〇七九万五七五五円で譲渡するなどを内容とする本件譲渡契約は錯誤により無効であり、上告人と株式会社大谷建装とは、右契約の無効を確認し合い、右契約後に生じた事情を考慮して、右土地持分のうち第三者に転売された分を除く一万分の四一二四の持分に係る譲渡契約部分のみを無効とし、本件譲渡契約のうち他の契約部分は有効に存続させることとして本件合意解除を行ったものであるとした上、上告人は、右一万分の四一二四の持分価額相当の金員を株式会社大谷建装に返還すべきであるにもかかわらず、本件更正及び本件賦課決定がされた昭和五六年七月一三日までにこれを返還しておらず、結局のところ、本件譲渡契約により上告人に生じた四〇七九万五七五五円の譲渡収入は消滅していないことになるとして、本件更正及び本件賦課決定は適法であると認定判断しているのである。右の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解せず若しくは独自の見解に立ってこれを論難するか、又は原審の専権に属する事実の認定を非難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 藤島昭 奥野久之 中島敏次郎)

上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな国税通則法二三条の解釈適用を誤つた法令違背がある。

一、原判決の判示と問題

(一) 原判決の判示

1、「事実」

原判決は、先づ、当事者双方の主張について、第一審判決事実摘示に「付加する」ものとして次のように摘示する。

(1) 控訴人の主張

〈1〉本件合意解除の成立時期は、昭和五五年三月一四日である、〈2〉「仮に、本件合意解除の時期が法定申告期限(同月一五日)後であると認定されるにしても、その時期は右期限から一年以内(国税通則法(以下「通則法」という。)二三条一項柱書き)であり、……右期限から一年以内の合意解除である以上、同条二項三号の『やむを得ない理由』に該当するか否かにかかわらず、同条一項の類推適用により、本件合意解除の効果としての譲渡所得の遡及的消滅は、これを期限後申告に反映させることが許されてしかるべきである。……」、〈3〉「本件合意解除は、措置法三五条一項についての無知・無理解に由来するものとして本来錯誤無効とされるべき本件譲渡契約を、合意解除という手段によつて遡及的に白紙に戻したもの」であり、控訴人は、「その上で、土地持分の譲渡(本件譲渡契約)を土地の賃貸借に改め、その線で契約のやり直し」を行なつたのであるが、「税法、特に措置法の右条項の規定は複雑・難解を極め、昭和二年生れの一主婦たる控訴人はもちろんのこと、通常社会人の理解を超えるものがある」こと、「控訴人が同条項を誤解していることに気付いたのは、税理士の指摘によるものであり、その時点において既に合意解除を決意した」こと、「その時期は法定申告期限前のことであり、それを実行に移すのが右期限後にずれ込み、一ヶ月ばかり遅くなつただけのことである」こと、「本件合意解除に伴う原状回復措置はすべて履行済みであり、本件更正及び本件賦課決定が取り消されなければ、本件合意解除の効果として譲渡所得そのものを喪失した控訴人は、回復し難い重大な損害を被ることになる」こと等から、「本件合意解除は通則法二三条二項三号の『やむを得ない理由』に該当するものであるから、同条一項の解釈につき後記被控訴人の主張に従うとしても、同号の類推適用により、控訴人は、譲渡所得の遡及的消滅を期限後申告に反映させることができる。

(2) 被控訴人の主張

〈1〉控訴人の主張の〈1〉の事実を否認し、〈2〉の法律的見解を争うとし、「控訴人は、法定申告期限前である昭和五五年三月一四日に本件合意解除が成立したと主張するけれども、問題は、合意解除の意思表示がいつされたかというのではなく、解除されたところの当初の契約によつて既に生じている経済的成果(利得)の覆滅であり、これを現実に喪失した時期である。……合意解除の対象とされた本件土地の持分一万分の四一二四……の譲渡についての持分一部移転登記の抹消は同年五月一七日にされ、また、本件合意解除に基づき控訴人が大谷建装に対し清算金二四一五万九八一七円を現実に返還したのは、その主張の合意解除の日から一年以上も経過し、しかも本件更生がされた後である昭和五六年八月一二日のことである。本件譲渡契約によつて生じていた経済的成果が現実に消滅したのは、……法定申告期限(昭和五五年三月一五日)経過後のことであり、他方、通則法二三条一項一号の『当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと又は当該計算に誤りがあつたこと』というのは、法定申告期限後に合意解除があつた場合のように、遡つて当該計算が法律の規定に従つていなかつたことになることを含むものではない。……このように、本件合意解除の結果として、控訴人において当初の本件譲渡契約による経済的成果を現実に喪失したのが法定申告期限経過後である以上、同法二三条一項の更正の請求をすることはできず……、したがつてまた、期限後申告の場合に、これを確定申告に反映させることも許されない」、〈2〉「通則法二三条二項三号(ないし同法施行令六条一項二号)の『やむを得ない理由(ないし事情)』とは、租税負担に関する無知・無理解という納税者の主観的事情のみではこれに当たらず、法定の解除事由がある場合、事情の変更により契約内容に拘束力を認めるのが不当である場合、その他これに類する客観的理由のある場合をいうものと解すべき」であり、「本件合意解除のような税法の不知に基因する解除」は、「これに当たらない」。

2、「理由」

(1)控訴人と大谷建装間の昭和五四年一月二六日付本件譲渡契約について、「その法律的性質いかんが結論を分けるものとは思えない」、「重要なのは、次の諸点である」として、三点を指摘する。

〈1〉控訴人は、本件土地上に平家建の建物を所有して夫の隆一と居住していたが、周囲が高層化してきたので、措置法三五条の居住用財産の譲渡所得の特別控除の規定があるということから、右隆一と協議の上、右規定の適用を受けて、隆一が社長をしている大谷建装に対し右建物及び本件土地部分を譲渡するとともに、同社の費用で本件土地上に建築する本件マンシヨンの一階及び五階の四個の専有部分の区分所有権を同社から譲渡(分譲)を受けることとし、措置法三五条の適用のあることを当然の前提としてマンシヨンに建て替えることを目的として本件譲渡契約を締結したこと

〈2〉本件譲渡契約においては、本件土地持分の譲渡と本件マンシヨンの区分所有権の譲渡とが不可分に結合しているので、この意味では「交換的要素」が入つているし、また、それぞれの譲渡物件ごとに価額を取り決めた上で譲渡しているので、この意味では「二個の売買という要素」も入つていること

〈3〉本件譲渡契約の締結及び目的物件の引渡しの結果、控訴人には、昭和五四年中に、本件土地持分を大谷建装に譲渡したことによる金四〇七九万五七五五円の収入が発生したものであること

(2)そして、本件合意解除については、その契機と動機について認定した上で、

「合意解除は、原契約を遡及的に消滅させることに尽き、細目の取決めは本来必要でないのみならず、……本件譲渡契約においては当事者双方とも措置法三五条の特別控除の適用を当然の前提としたものであるが、結局それが誤解であつたというのであるから、本件解除は錯誤無効(最近の最高裁判所第一小法廷平成元年九月一四日判決参照)の原契約を合意解除したことに帰着し、これらの点からすると、本件合意解除の成立は、たやすく認定されてしかるべきである。と同時に、これを虚偽表示であると争つてみても、原契約自体が無効である以上、そのような争い方は、意味がなく、したがって、通謀虚偽表示に関する被控訴人の主張は、採用することができない」

とし、続けて

「……しかしながら、本件合意解除は、原契約たる本件譲渡契約を全体として合意解除したものではなく、まず、本件土地持分のうち第三者に移転登記がされた合計一万分の二〇六二に係る部分が除外されているのであり、……そのほか、……本件譲渡契約には二個の売買の結合という側面もあるところ、……本件合意解除においては、右の二個の売買の結合を切り離し、そのうちの本件土地部分(右の一万分の二〇六二を除く。)の売買契約に限定してこれを合意解除したものであり、右の一万分の二〇六二に係る部分のほか、本件マンシヨンの区分所有権の売買は、合意解除することなく、有効に存続させたものと認めるべきである」

等とした。

(3)その上で、原判決は、「本件合意解除については、その具体的な成立時期が争いになつている」が、「問題は、その成立時期ではなく、……控訴人における本件土地持分価額四〇七九万五七五五円相当の収入が、本件合意解除の結果いつ現実に消滅したかである」と把え、「右収入のうち前記一万分の二〇六二の持分に係る部分は、その大谷建装への譲渡が合意解除されていないから、消滅しないで控訴人のもとに残つている」ことはいうまでもなく、合意解除の対象である「その余の一万分の四一二四の持分価額相当の収入」については、「本件合意解除の効果として、控訴人は、該金員を大谷建装に返還すべきであるにもかかわらず、本件更正及び本件賦課決定がされた昭和五六年七月一三日までに返還したという証拠はなく、かえつて、前掲各証拠によれば、右の時点では返還していないものと認められるから、この分の収入も依然として控訴人が保有し続けていたものといわなければならない」と判示するのである。

この点に関しては、原判決は、或は、「大谷建装においては、本件合意解除後いち早く右金員を帳簿上未収金扱いにしている等の事実について、「右は一種のこじつけであるのみならず、通則法七一条二号の規定の趣旨に照らしても、このような言い分は通らない」とし、或は、「大谷建装の会計処理」に触れて、昭和五五年五月一七日の本件土地持分(一万分の四一二四)の価額金二七、一九七、一七二円についての「棚卸土地」勘定(借方)と「未収入金」勘定(貸方)の振替、翌昭和五六年六月三〇日の右本件土地持分の賃料(55 7 1~56 6 30分)金一、六三二、〇〇〇円についての「家賃地代」勘定(借方)と「未収入金」勘定(貸方)の振替に関し、「右の計算からすると、控訴人から大谷建装に返還すべき金額は毎年一六三万二〇〇〇円ずつ減少していき、やがて十六、七年後には、控訴人は、右金員を取り崩すことなく自己に保有したままで、それゆえその運用利益も取得しながら(別の言い方をすれば、右返還のための借財もせず、それゆえ金利負担も免れながら)、大谷建装への右金員返還を全部済ませてしまうという全く不合理な結果を招くことになる」等という。

(4)こうして、原判決は、結局、「本件譲渡契約によつて控訴人に生じた四〇七九万五七五五円の収入は、前示一万分の二〇六二の持分に係る部分も、その余の一万分の四一二四の持分に係る部分も、共に消滅していないことになる」と結論して、本件控訴を棄却するとする。

(二) 原判決の問題と上告人の不服

1、原判決は、要するに、問題は、本件合意解除の成立時期ではなく、控訴人における本件土地持分価額金四〇、七九五、七五五円(右合意解除の対象となつた土地持分一万分の四一二四についていえば、金二七、一九七、一七二円)相当の収入が右合意解除の結果いつ現実に消滅したかにあると把え、本件合意解除の成立を認め(被控訴人の「主位的主張」――被控訴人の61 6 18付準備書面(一)314頁――を排斥)ながらも、本件では、本件更正および本件賦課決定がなされた昭和五六年七月一三日の時点では、右収入は、現実に消滅しておらず、「依然として控訴人が保有し続けていた」ということを本控訴棄却の決め手とするものである。

それは、経済的成果不喪失(消滅)論ないし収入(所得)保有論、或は原状回復要件論といつてもよいであろう。この法理は、確に国税通則法二三条一、二項と合意解除をめぐるひとつのそれである(学説との関係では、岩崎政明「課税期間終了後における契約の合意解除と課税標準又は税額の是正方法」判例評論330号28頁――本件第一審判決についての判例評釈――に近いといえようか)。

2、しかし、昭和五六年九月一二日の本件更正に対する異議の申立、同年一二月一一日の同決定、同五七年一月九日の同審査請求、同五八年二月二四日の同裁決を経ての本訴提起(58 6 4)と第一審での当事者双方の主張、第一審判決(60 10 23)、そして原審における双方の主張(就中、第一回口頭弁論期日における被控訴人の主張の一部撤回。被控訴人の61 6 18付準備書面(一)2~3頁)等を顧ると、論争の焦点という意味では若干意外な感を免れない。

それというのも、控訴人の基本主張は、勿論、第一審判決の判示を受けてのものであるが、〈1〉本件合意解除の時期は、法定申告期限前の昭和五五年三月一四日である、〈2〉仮に、本件合意解除の時期が、法定申告期限後であるとされた場合でも、右合意解除は、右申告期限後一年以内のものであることは明らかであるから、更正の請求に関する国税通則法二三条一項の類推適用によつて、右合意解除に基づく所得の消滅の効果を反映させた期限後申告が許されるべきである、〈3〉そして、更に、仮に、合意解除に「やむを得ない事情」が必要とされるならば、本件合意解除には、「やむを得ない事情」があるというべきであるという三点であり、論争の焦点も、合意解除による所得消滅の期限後申告への反映に関しての〈1〉「やむを得ない理由(ないし事情)」の要否、〈2〉「やむを得ない事情」の意味内容、〈3〉更正の請求手続の要否にしぼられ、そこでは通則法二三条一項と二項の関係が論じられていたからである(控訴人の63 8 12付準備書面(控訴人第四)、63 11 30付準備書面(控訴人第五)参照。いずれも本書面に添付)。

原判決は、事実摘示で、被控訴人も、「問題は、合意解除の意思表示がいつされたかというのではなく、解除されたところの当初の契約によつて既に生じている経済的成果(利得)の覆滅であり、これを現実に喪失した時期である」と主張したように述べるが、的確ではない。被控訴人は、確に、「既に生じている経済的成果」の「覆滅した時期」についても述べているが、それは、昭和五五年三月一四日の本件合意解除の成立を否認した上で、仮にそうであつたとしても、それによる「経済的成果」の「覆滅した時期」は、「法定申告申告期限後であるから、確定申告において本件合意解除による経済的成果の覆滅をその所得計算に反映させることはできない」とする(61 6 18付被控訴人の準備書面(一)6頁)ものであつて、それは右覆滅が法定申告期限までになされねばならないという点にウエイトが置かれたものだからである(右同20~21頁)。

3、このように、原判決は、従前の論争の焦点に直接答えていないがゆえに、その判示するところは必ずしも明確ではない。

被控訴人の「主位的主張」を排斥し、本件合意解除の成立を認めたことは判決自ら明言するところであり、その点は第一審判決とも軌を一にする。

しかし、「問題は」、本件合意解除の「成立時期ではなく」、本件譲渡契約による「収入が、本件合意解除の結果、いつ現実に消滅したかである」とするところからみれば、更正請求の事由の発生、つまり合意解除の成立時期が法定申告の期限内か期限後かを絶対的な基準とし、〈1〉法定申告期限内に更正請求の事由が発生したものについては、通則法二三条一項が適用され、手続的には、更正の請求を必ずしも必要とせず、それは期限後申告の場合にも妥当する、〈2〉法定申告期限後に更正請求の事由が発生したもの――第一審判決の「いわゆる後発的事由」――については、同法二三条二項が適用され、同条項、同法施行令六条一項二号の「やむを得ない理由(ないし事情)」の厳格な要件に服し、かつ、手続的にも、同法二三条三項の更正の請求の書面の提出等を必要とする第一審判決の判旨とは明らかに異り、これを否定するものである。

それでは、原判決は、法定申告期限後の合意解除についても、期限後一年以内に成立したものについては、通則法二三条一項の問題として、右の「やむを得ない理由(ないし事情)」を必要としないとするのか、はたまた更正の請求を必要とせず、期限後申告に所得喪失を反映させることが許容されるとするのであろうか。その全ては明確ではないが、その判示からすれば、いずれも肯定するものと理解してよいのであろうか。そうだとすれば、右の諸点に関しては、控訴人の主張を基本的には容認したものということができる。

残る問題は、判示するところの経済的成果消滅論である。

その具体的な認定、すなわち本件譲渡契約に基づく控訴人の収入(経済的成果)は、本件合意解除によつて現実に消滅していないとする点は、到底承服できないところであり、上告人が不服申立の対象とする点であるが、そもそもこの判示における原判決の論理自体にも疑問がある。

この点に関する被控訴人の主張については、原判決の事実摘示の問題のところで指摘したが、それは当初契約に基づく経済的成果の覆滅が法定申告期限までになされねばならないとするものなのである。原判決は、直接明言するところがないが、「本件更正及び本件賦課決定がされた昭和五六年七月一三日」の「時点では返還していないものと認められる」との判示からすれば、被控訴人の主張をそのまま採用したものと考えられない。それではその時点までに「返還」が終つていればよいということなのか。そうだとすれば、税務署長の更正(通則法24条)を基準とすることの論拠は何なのか。極めて不明確といわなければならない。

4、こうして、控訴人の原判決に対する不服は、結局は、その経済的成果消滅論とでもいうべきものに集約される。

二、原判決の誤り

原判決のいわば経済的成果消滅論――

1、原判決の「理由」中、「重要なのは、次の諸点である」としての〈1〉ないし〈3〉の三点の指摘については、〈3〉のうち、「控訴人には、昭和五四年中に、本件土地持分を大谷建装に譲渡したことによる四〇七九万五七五五円の収入が発生したものである」との点を除いて異存はなく、また本件合意解除の契機と動機についての事実認定も、本件合意解除においては、土地(の持分)と建物(の区分所有権)の二個の売買の結合を切り離し、その内の土地持分(一万分の二〇六二を除く)の売買契約に限定して合意解除したものであり、右の一万分の二〇六二の土地持分および本件マンシヨンの区分所有権の売買は、結局は、有効に存続させたものとする認定にも、特段の異存はない。

しかしながら、原判決は、「問題は」、本件合意解除の「成立時期ではなく、……控訴人における本件土地持分価額四〇七九万五七五五円相当の収入」(右合意解除の対象となつた土地持分一万分の四一二四についていえば、金二七、一九七、一七二円相当の収入)が、「本件合意解除の結果いつ現実に消滅したかである」と判示しながら、第一に、既に指摘したとおり、いつまでに収入が現実に消滅すれば、その収入(ないし所得)の消滅の効果を申告に反映させることができる(許される)かの点に明言を避け、第二に、「本件更正及び本件賦課決定がされた昭和五六年七月一三日」の「時点では」、控訴人が本件合意解除の効果として、大谷建装に返還すべき土地の持分一万分の四一二四の価額相当の金二七、一九七、一七二円を「返還していないものと認められるから、この分の収入も依然として控訴人が保有し続けていたものといわなければなら」ず、右収入は「消滅していない」と認定した点に原判決の誤りがある。

2、原判決のいわば経済的成果消滅論の不当

原判決のそれは、既に指摘したとおり、経済的成果(収入)の消滅がいつまでにという期限についての要件が欠落している。それでは、納税者の権利義務、ひいては法的安定性と予測可能性を保障すべき税法の解釈としては著るしく不当といわなければならない。

本件更正等の時点(56 7 13)では、控訴人の収入(経済的成果)は消滅していないという判示が、「いつまで」の問いに対して、税務署長の更正(通則法24条)までという答えであるとすれば、課税庁ひいては国庫の便宜と恣意に「消滅」の期限を委ねることとなり、全く合理的根拠を欠くものというべきである。

3、原判決の経済的成果不消滅の具体的認定の誤り

控訴人の本件合意解除の対象となつた一万分の四一二四の土地持分相当価額金二七、一九七、一七二円の収入が、「本件合意解除の結果いつ現実に消滅したか」。原判決は、そのように提起しながら、自らは、本件更正等の時点(56 7 13)では、「消滅していない」と述べるだけで、現実の消滅の時期については言及しない。

そして、原判決は、「原判決の判示」で記載したとおり、大谷建装の会計処理の仕方を誹謗中傷する。

しかし、本件合意解除によつて、当初のいわゆる本件交換契約(譲渡契約)の内、少くとも、一万分の二、〇六二の土地持分およびマンシヨンの当該区分所有権を除く、一万分の四、一二四の土地持分の売買契約については、遡及的に効力を失ない、法的には、控訴人は、土地持分売買代金請求権を失なうとともに同持分移転登記の抹消登記請求権を取得したことはいうまでもなく、他方、本件マンシヨンの区分所有権の売買については、その代金債務が、土地持分の売買から切り離されて残存するということになるが、そのことは即ち売買契約の一方当事者である大谷建装の売買代金債務の取得であつて、税法上も収入と評価されるものであり、大谷建装の会計処理、つまり昭和五五年五月一七日付の本件土地持分(一万分の四一二四)の価額金二七、一九七、一七二円についての「棚卸土地」勘定(借方)と「未収入金」勘定(貸方)の振替(甲8号証の9、甲11号証の2、甲16号証の1)等々一連の処理が、このことを裏づけているのである。

この会計処理における振替等を、原判決は「未収金扱い」などと称して、「一種のこじつけ」と誹謗するが、「未収金」勘定が現金等価物とされることは企業会計の基本原則であり、原判決の判示はこのような原則を無視した暴論というべきであるが、この一事によつても、控訴人の本件譲渡契約に基づく経済的成果(収入)は、本件合意解除によつて現実に消滅したというべきなのである。

ところで、先に、「本件土地持分を大谷建装に譲渡したことによる四〇七九万五七五五円の収入が発生したものである」(原判決)との点を除いて異存はなくと問題を保留した点であるが、原判決のこのような判示自体が、原判決の「現実に消滅」論と完全に矛盾するものであることを指摘しておかなければならない。控訴人は、本件譲渡契約に関して、金四〇、七九五、七五五円を現実に受取つた事実は全然ない(証拠も全く存在しない)。また、それは、控訴人の大谷建装に対する右譲渡契約に関する具体的な債権(請求権)の額でもない。債権の額としては、土地(持分)と建物(区分所有権)との「二個の売買の結合」ゆえに、控訴人は、二つの売買の代金債権と代金債務との差額の金七、四〇五、三五五円(土地代金債権金四〇、七九五、七五五円、建物代金債務金三三、三九〇、四〇〇円の差額)の請求権を取得したにすぎないのである。金四〇、七九五、七五五円という数字は、「結合」から「切り離し」た土地(持分一万分の六、一八六)の売買のみの代金債権のそれであり、かつ企業会計上の発生主義の原則に拠るものであつて、この数字を控訴人の「収入」とし、他方で経済的成果(収入)の消滅については、「現実」の「消滅」を要件とすることが矛盾でなくして何であろう。

なお、原判決は、大谷建装の会計処理に関して、前記の「未収金」と「賃料」の「相殺」に言及し、「全く不合理な結果を招く」などと誹謗を重ねるが、本件合意解除によつて、一万分の四、一二四の土地持分が控訴人の所有に原状回復した以上、その土地を利用する大谷建装が、その対価として賃料を支払うのは当然のことであり(税務当局の指導でもある。利用者が法人である場合には、使用貸借を認めず、賃料相当額が受贈益とみなされて法人税の課税対象とされる)、また、両者が相互に債権を有する場合に、要件を充せば相殺が行なわれるのは、許容された私的自治の範囲に属することであつて何ら非難に値することではない。

4、以上、原判決のいわば経済的成果消滅論は、その理論自体が不当というべく、またその具体的認定も誤りであり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は、結局、国税通則法二三条の解釈適用を誤つた法令違背があるものとして破棄を免れない。

三、上告人のその他の主張

上告人の本件についてのその他の主張は、本上告理由書の付属書類として、添付の各準備書面記載のとおりである。

以上

(添付書類省略)

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